水戸地方裁判所 昭和36年(む)694号 判決 1961年12月02日
被告人 山崎倉吉
決 定
(被告人、弁護人氏名略)
右被告人に対する公務執行妨害被告事件につき、昭和三六年九月一五日の公判期日において、担当裁判官たる水戸地方裁判所裁判官野本三千雄に対し主任弁護人新井章から忌避の申立がなされ、これに対し同裁判官が同公判廷において刑事訴訟法第二四条による却下裁判をなしたところ、これに対し右申立人らより準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件準抗告を棄却する。
理由
第一、本件準抗告の申立の趣旨及び理由は申立人ら提出にかゝる別紙「準抗告の申立」と題する書面記載のとおりであるから、こゝにこれを引用する。
第二、ところで本件被告人に対する冒頭記載の被告事件の記録(録音テープを含む、以下単に記録と略称する)によると本件忌避の申立は四個の原因を掲げ、結局野本裁判官が「不公平な裁判をする虞がある」という理由でなされたものであることが認められる。
そこで先ず右忌避の申立が理由あるものかどうかにつき考察する。
一、鉄道公安官の法廷傍聴について。
冒頭記載の公判期日において、被告人に対する人定質問のなされた直後申立人らは野本裁判官に対し、鉄道公安官三名が傍聴席に在廷するとしてこれを退廷させることを要求し、同裁判官はこれが要求を斥けたことは記録上明らかである。ところで申立人らの右退廷要求の理由は「右公安官三名は一定の職務上の権限をもち警察官と全く同じ様な仕事をしているのであり、当日も単に私的な自由な時間で傍聴に来ているとは考えられず、公安官としての仕事として傍聴に来ていることは明らかである。又右公安官らは本件事案の被害者という様な立場にある人であり後日重要証人として喚問されることが予想される以上被告人の自由な供述が阻害されることは明らかであるから、引続き被告人弁護人の事案に対する認否並びに意見の陳述に入ることが明らかな右段階において刑事訴訟規則第二〇二条に基き右公安官らの退廷を要求する」というのである。
然しながら同条には「ヽヽヽヽヽその供述をする間、その傍聴人を退廷させることができる」と規定されて居り、人定質問の直後未だ起訴状の朗読も済まない段階において特定の傍聴人の退廷を命ずることは明らかに同条の容認するところでない。申立人らは引続いて被告人の事件に対する認否等が行われることが予想されるから右の様な理由で申立人の要求を斥けることは形式的な解釈であると主張するが、裁判の公開は憲法の保障する司法制度上重要な一原則であるからその例外ともいうべき同条の解釈は軽々しく拡張されてはならないところ、申立人らの主張は結局右公安官らをして裁判の如何なる段階の傍聴も許すべきでないということに帰し、同条の乱用を求めるものと言わざるを得ない。しかのみならずたとえ申立人らの主張する如く右公安官らがその仕事として傍聴に来て居り、且つ本件事案の被害者ともいうべき立場にあつて後日証人として喚問されることが予想されるとしてもこのことのみを目して被告人が公判廷で充分な供述をすることができないと認める根拠とはなし難い。
野本裁判官は要するに右と同趣旨の理由で申立人らの要求を斥けたのであるから極めて正当な措置というべきであり、いわんや右措置を目して不公平な裁判をする虞があるということはもとより理由のないことである。
二、釈明要求を却下したことについて。
前記公判期日において、申立人らより野本裁判官に対し、起訴状につき釈明のための発問が求められ、同裁判官は一部を除きこれを却下したことは記録上明らかである。
申立人らはこの却下をもつて「ヽヽヽヽヽ弁護権、防禦権行使の不可欠の事由と考える問題の解明が先程の様な状態で封ぜられては、意見の陳述も我々の独断で的を得ない、場合によつては検察官に対して大変失礼になるかも知れない様な意見の陳述をせざるを得ないことになる。そういう意味で我々が事実の認否並びに意見の陳述ができない状態に立ち至つたことは裁判官が本件事案について若しくは特に本件事案ということでなしに公安労働事件一般について、予断ないしは偏見をもつておられるのではないかヽヽヽヽヽ」との理由から忌避の原因としているのであるが、元来申立人らの右釈明のための発問要求を容れるかどうかは、要するに公訴事実に表現された訴因の根底となる社会的事実ないしは法律的根拠を訴訟のどの段階で詳細明らかにするかということにつきるのであつて、野本裁判官の訴訟指揮権の範囲に属する事項であり、畢竟これは一つに同裁判官の刑事訴訟規則第二〇八条及び刑事訴訟法第二五六条の解釈と訴訟進行についての同裁判官の技術的な方針の本件への適用の問題であつて、同裁判官の事件に対する実質的な判断を示すものでもなく、又実質的な判断によつてこれが左右されるものではない。しかも右の各釈明事項につき右却下の措置によつて申立人らの弁護権ないしは防禦権が不当に制約され、あるいはそれによつて客観的に同裁判官が不公平な裁判をする虞ありと推認される様な事情は毛頭存在しない。従つて右却下の措置がたまたま申立人らの意に副わないからといつて同裁判官が不公平な裁判をする虞があるということはできないことは当然である。
結局この点については申立人らの意の如く運ばぬことに不満をもちそれを理由に忌避の申立をなしたとしか考えられず、明らかに理由のないものというべきである。
三、補助席の問題について。
記録によると、申立人らにおいて本件公判廷における傍聴人の既設の椅子以外に補助席を設けて欲しい旨の要望を野本裁判官に申し入れ、これを同裁判官が容れなかつたことは一応これを推認し得る。
然しながら裁判所は申立人らの要望せる様な補助席を設けなければならない義務は勿論なく、要するにこれは裁判所の厚意で設けることもあり得るという問題に外ならず、その厚意を同裁判官が申立人らに示さなかつたからといつて同裁判官が不公平な裁判をする虞がある理由とはとうていなし難い。
四、特別弁護人の問題について。
記録によると、野本裁判官が申立人らの要望に拘らず本件被告人の特別弁護人選任の許可をしなかつたことは一応これを推認し得る。申立人らはこの点をもつて「本件事案のいわば特別警察関係については我々はどうしても部外者であり素人たらざるを得ない。
それで我々はそういう事実関係についてはその事案並びに労働組合事情の双方にわたつて特別の知識を有する者が是非出廷して時宜に応じた弁護権を行使するより外に、被告人の権利を守る適切な方法はないと考えて、公判期日指定前の打合せの際に特別弁護人の許可を願い出たが、裁判官は何故か自分はその経験がないからという一片の形式的な理由で拒絶された」との理由から忌避原因の一つとしているが、特別弁護人の選任の許可は裁判所の裁量に委ねられているものであるところ、本被告事件で申立人らのいうような特別知識を有する特別弁護人がなければ被告人の権利を守る適切な弁護方法がないとはとうてい考えられない。又同裁判官が申立人ら主張の如き理由で特別弁護人の選任の許可を拒絶したとしても、これを非難すべき事由は何ら存在しないのであつて、いわんやこれを以て同裁判官が不公平な裁判をする虞があると言うことはできない。
第三、そこで原裁判の当否につき考察する。
前記第二に述べた如く本件忌避申立は何ら理由のなきものと言うの外なく、右申立は野本裁判官の正当な措置に対しそれが主観的に不満であるからといつてなされたにすぎないもので忌避権の乱用と言うべく、且つ忌避の申立は必然的に訴訟を遅延せしめること自明であるから本件忌避の申立を訴訟の遅延のみを目的としてなされたと認めることには充分の根拠がある。尚このことは申立人らが訴訟を遅延せしめる目的を有しなかつたと主張する根拠として本件準抗告申立書に種々述べているところの申立人らの訴訟準備段階あるいは公判廷における慎重なる態度の存在を認めるとしても同様である。
よつて原裁判は正当であつて、本件準抗告は理由がないから刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項に則りこれを棄却することゝし、主文のとおり決定する。
(裁判官 田上輝彦 環直弥 伊藤邦晴)
(準抗告の申立略)